「雨」をお題とした名コピーライターたちの作品集である[書評]雨のことば辞典/講談社学術文庫
白い花が雨で濡れ、茶色く腐っていく。
「卯の花腐たし(うのはなくたし)」という、春の雨を表す言葉があるのを知ったのはいつだったか。季語を調べていたときのことだったと思います。腐らせるというネガティヴなことばのはずなのに、なぜか美しいことばだと思ったものでした。
卯の花、とは卯木(うつぎ)の花のことで、町ではあまり見かけません。私も山道でいちど見たことがあるだけ。鮮やかな緑の中、5つの白い花弁が房のように連なり、パッと目を引いたのを覚えています。
「卯の花腐たし(うのはなくたし)」とは、この卯木の花を腐らせる雨のことを表す言葉です。雨のふりかたや季節のみならず、花を腐らせるという先の物語を名前にしてしまう、いにしえの人々の名コピーライターっぷりにも感心させられてしまいます。
この「雨のことば辞典」には、そんな無名の素晴らしきコピーライターの作品が多数登場します。
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花を咲かせたり、木の芽を吹かせたり、穀物を育てたり、雨はいろんな役割を果たします。沖縄の雨の呼び名で「イジュの花洗いの雨」というものもあり、これはイジュという白い花に降り注ぐ6月ごろの雨。すてきなネーミングですね。
昔からの習慣を表すことばも、たくさんあります。九州地方の「雨訪(あまどい)」は、雨の後に被害があったお家を訪問すること。昨年も豪雨被害がありましたが、昔から九州地方では台風の被害が多く、互いに助け合ってきた様子がうかがえます。
「雨ふり正月」は、雨が降ったことによって、畑仕事が休みになる楽しさを表したもの。今の時代でも子どものころは台風で学校が休みになると、ちょっとしたウキウキ感があったものですが、それに近いのかな。昔から大人もそんな気持ちだったんだな、という親近感が湧きます。(しかし今の会社勤めの大人たちは台風がきても前夜から泊まるなどのニュースも。さしずめそんな雨は「サラリーマン泣かせ」とか「前泊嵐」とかになるのでしょうか。)
一冊を通じて、雨のことばがずっと、あいうえお順で記されていますが、単なる辞書ではなくて、色んな詩歌や文学作品やエピソードが引用されており、とても楽しく読めます。一気に読むというよりも、一日に4、5ページずつぐらい読んで、ちびちび味わう感じ。
辞典でありながら、雨にまつるあらゆる物語に思いを馳せられる本。雨の日曜日に、静かな春雨の夜に、ぜひどうぞ。